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ひでひでた
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アルジャーノン
21時15分起き。
 昨日は1食しか食べていなかったので強烈な空腹感に襲われた。寝癖を直すためシャワーを浴びうちを出たのが22時15分。外は冬らしい寒さに満ちていた。近くのローソンに行って適当なお弁当を買い、また戻ってくる。道中何を考えていたかは覚えていない。

 相変わらず『アルジャーノンに花束を』を読んでいる。量的にはそろそろ半分を超えるあたりかな。チャーリーがアルジャーノンを連れて国際学会を飛び出した。この本を読んだ後にソリティアをやっているとぼんやりと浮かんでくることがいくつかあった。この本は単に天才の孤独が語られていると読めばいいのか(そうではなかろう)、天才とは何か、そもそも天才について凡人が語ることが出来るのか、自分が日々感じること考えることとチャーリーが記していることのうち少しは重なる部分があるのか、などなど…。漠然と浮かんでは消えていくから記憶に残らない疑問も多かった。多分大した意味がなかったのだろう。
 それにしてもここに出てくるニーマー教授の学会発表での発言とチャーリーの反応には考えさせられるものがある。教授は「われわれの新しい技術が優秀な人間を創造したことに深い満足をおぼえております」と言うがこれに対してチャーリーは「ぼくは人間だ、一人の人間なんだ―両親も記憶も過去もあるんだ―おまえがこのぼくをあの手術室に運んでいく前だって、ぼくは存在していたんだ!」と強く反発する(日本語版では傍点がついている)。
 今日はこの部分を含む数十ページを読んだのだけれど、本を閉じた後に浮かんできたのはこの部分だった。チャーリーの反発はある面では当然だと思うが個人的にはニーマー教授に親和的に感じたことも事実で、ここら辺はもうちょっと整理して考えてみたいと思っている。…。
 IQが180近くになった状態でどのような文章を書くのか楽しみにしていたのだが、なるほどこれは天才だという感じの期待を裏切らない文面になっていた。誤字脱字がないのは当然として幅広い分野の専門用語が数多く登場する。しかもそれらが細切れになっているのではなく、彼の中で統一的に理解されている印象を受けた。今度英語版も読むつもりだけどそちらではどう表現されているのか興味が湧いてくる。

 最近物理の本をまじめに読んでいないなぁ。そろそろ仕切り直さないと…。
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ひでひでた
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