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ひでひでた
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見えるものを見えなくする方法論に関して
見えないものを見えるようにする、というのは1分子計測とかでも盛んに研究されているようにひとつの重要な挑戦だと思いますが、その逆、見えるものをあえて見えないようにすることも並んで大切なんじゃないかと考えるようになってきました。

<粗視化するってこと>
 それは粗視化という方法論に重きを置くということです。本来知りえたことをあえて荒っぽく捉えることで本質を議論するということ。頭にあるのは力学系の部分的な自由度のみに注目したときの発展方程式はどう書けるか、という問題です。これに対してはおそらく答えが与えられているでしょう。僕はまだ知りませんが(森肇の議論とか?)。
 ただ、特殊かつおそらく典型的で広く使われているモデル系を知ってはいます。ランジュバン系です。ランジュバン方程式はブラウン運動のモデル方程式になっていることからも分かる通り比較的遅い自由度に注目することで構成されます(という話をどこかで見かけた、という程度なのでちゃんと確認しないといけない。遅いってどういうことか、とか)。
 教訓的なのは記述が決定論でなく確率過程になること。着目した自由度以外は捨象してしまったことで情報が欠如し、本来は決定論である古典力学にしたがっていたものを結果的には確率論的な記述をするほかなくなってしまうのです。とはいえ環境を構成していた分子全体を含めた運動方程式など解けないだろうしそもそも解けたとしても答えの意味を理解できないはずなので、元が決定論であったのを確率論にしてしまったからといって大事なものを失った気持ちになる必要はないんだと思います。むしろ知りたいことをうまく抽出してくることができたと考えるべきなんでしょう。

<くりこんじゃう?>
 さて、何か深い意味のありそうな粗視化という発想ですが、これをきちんと理論化しているのがくりこみ群の方法なのかなーと最近では漠然と思っています。この間統計物理のレポートがあって内容はボロボロの感じで提出しちゃったんですが(単位こないかも泣)、お題はくりこみ群の臨界現象への適用だったんです。一応申し訳程度にノートを見返して感じたのは「くりこみ群の方法を適用することでどの部分が本質的に生き残るのか調べてる」ってことでした。臨界現象の文脈ではrelevant、irrelevant、marginalの分類を行うことかな。パラメータの空間でフローを構成して、まるで力学系で言うところのベクトル場みたいなもの(みたいというかそのものだけど)を描いて様子を眺めると。
 けどいろいろ妄想してみるとどうもこの方法は(具体的な手段が思いつかなくはあるが)臨界現象に限らず使えんじゃないのかなーという気持ちになってきます。だって粗視化して理論の応答を調べるってことはいかにも微分方程式とかに使えそうな感じがするじゃないか。どの項が生き残るかー、とか。まあここらへんについては来月のゼミではっきりすることでしょう。意外と臨界現象のことしか書いてなかったらつまんないな。

<おまけ>
 ほんとは生物との関連を妄想120%で書きなぐろうかとも思ってましたがさすがにパラグラフ分けるほど長くなってしまったのでここら辺にしときます。もう40分くらい打ち続けているし。相変わらずネカフェから書き込みしていますがキーが固くてもう疲れちゃった。
 くりこみとは人間が自然を認識するときの基本的な視座である、とノリで書きたくなりますが、これはおそらくY.Oonoあたりがすでに言ってそうなので自重しておきます。BYE!
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